
my little engineer
星の回路
「ほらっ、早くしないと月が沈んじゃうよ!」
みんなに向かって大きな声を張り上げたのは、チームのなかで最も身体の大きいシリウスだ。声が大きいのは、別に、彼が怒っているからではない。そうしないと声が皆の耳に届かないから。
この宇宙で暮らす人なら、全員が知っている常識である。
はーい、と返事をする人や、作業に没頭していて反応のない人。
机に突っ伏していて、明らかにサボっている人。
材料を使って全く関係のない”何か”を作っている人。
十人十色のリアクションは、人それぞれ個性が出ていて、とても面白いと思った。
シリウス自身も、それを気にする様子はなかった。空を仰いで、じっと何かを見つめていた。
「ねぇ、今どんな感じ?」
ぷかぷかと宙を泳ぎながら、アルタイルは私に近寄ってきた。ニコニコとした表情は、何かを期待しているようだった。
「んーっとね、もうほぼ完成したよ」
「おぉ!どんな感じ!?」
私は先程カタチになったばかりの“ホシ”を、彼女に渡す。あまり綺麗に作れなかったので少し恥ずかしかったけれど、アルタイルには元々見てもらいたいと思っていた。
「おぉ、なかなかやるじゃん!でも、この辺りをもう少し…」
「あぁぁ!またやっちゃった!!!」
アルタイルの言葉を遮るようにして、デネブの叫び声が響いた。私とアルタイルは、顔を見合わす。そして、そっとデネブに近づいて机の上を覗き込んでみた。そこにはバラバラになった“ホシ”が散らかっていた。
「また壊れたの?」
「うん。わ、わざとじゃないんだけど…」
デネブは不器用でおっちょこちょいだから、すぐに物を壊してしまう。他の皆はすぐに自分の作業に戻ってしまった。いつものことなので、このシチュエーションに慣れてしまったのだろう。
「仕方ないね。片付けて、新しい材料を貰いに行こう。私、シリウスに相談してくる」
デネブは申し訳なさそうな顔をして、私を見る。
「ご、ごめんね、ありがとう。ベガ」
「いや、待って」
歩き出した私を制止したのは、アルタイルだ。
彼女はバラバラになった“ホシ”の破片をじっと見つめている。
「どうして?早くしないと、在庫切れになっちゃうかも」
「これ、まだなんとかなるんじゃないかな?」
そう言ってアルタイルは、破片をひょいと掴んだ。見た限りでは、元の形に戻せるようには到底思えなかった。
「うーん、そうかな」
「任せて、いいアイディアがあるんだ」
そういってニヤッと笑うアルタイルは、いたずらを思いついた子供のようだ。
「ベガの“ホシ”を借りてもいいかい?」
「え、いいけど…」
一体彼女は何をするつもりなのだろう。私とデネブは、アルタイルの手元をじっと見守っている。
アルタイルはまず、デネブの”ホシ”を粉々に砕き始めた。続いて、パウダー状になった”ホシ”を片手いっぱいに掴む。パラパラと指の隙間から溢れる”ホシ”のカケラは、それだけでも十分に綺麗だ。
しかし、私達に与えられている仕事は、「より明るく、美しい”ホシ”を作ること」。これではあまりにも光力が不足している。
「”ホシ”と”ホシ”同士をくっつけるとさ、より強い光になるって知ってた?」
「う、うん。昔、先生に習ったことがある。お互いのエネルギーを受け渡し合うことで、化学反応が生まれるって」
べネブは勉強熱心で、様々なことを知っている。
「それを聞いた時からさ、試してみたいと思ってたんだよね」
アルタイルは、私が作った”ホシ”の上にパウダーを振りかけた。すると、粉末状になった”ホシ”達が、まるで磁石のように吸い寄せられていく。空中を漂うホシの粉末が吸い寄せられる様は、この上ない輝きを放っていてとても美しかった。
「じゃーん!デネブとベガの合作!」
アルタイルが掲げた”ホシ”は、私がこれまでにみたどのホシよりも強い光を放っている。
「す、凄い!」
「へへ。実験大成功だ」
「でも、私とデネブの合作じゃないよ」
「ん?」
「私とデネブと、アルタイルの合作でしょ?」
「あ、そうか。それじゃあ、私も一応、提案者ってことで」
自慢げに鼻のあたりを掻くアルタイル。私は彼女のそんな仕草が昔から好きだった。
「で、でもまだ少し余っちゃったね。これ、どうしよう?」
デネブが指さしたのは、粉々になった”ホシ”のカケラ。
「あ、わかった。」
「ん?…ちょっと、どこに行くの?」
私はとあることを思いついて、アルタイルの机へと向かう。そして、作成途中らしい”ホシ”を手にとる。形が少し歪んでいて、もしかするとアルタイルはあまりホシ作りが得意ではないのかもしれない。
「ちょ、勝手に持って来ないでよ!」
恥ずかしそうに、顔を赤らめるアルタイル。
「私にも良いアイディアがあるんだ。まぁ、見ててよ」
先ほど作った合作の少し離れたところに、アルタイルの”ホシ”を配置する。そしてその間に、一つの真っ直ぐな線になるようにパウダーを振りかけた。
両端のホシとホシが結ばれた瞬間、それは目も眩むような光を発した。その後、白と青の混ざり合ったような純粋な輝きに切り替わる。
「おぉーーー!!」
「き、綺麗っ…」
デネブはホシにも負けないくらい、目をキラキラ輝かせている。
「ナイスアイディアだね、ベガ!!」
アルタイルも楽しそうに笑っている。
二人が笑っているのを見て、私も思わず口角が上がる。
この瞬間があるから、私は”ホシ”を創る仕事が大好きなのだ。
細かい作業は苦手だし、うまくいかない時は苛立つこともあるけれど、完成した途端にそれまでの苦労は一気にどこかへ飛んでいってしまう。それに、なにより皆が笑顔になれる。
「これをホシの回路と名付けることにしよう」
「かいろ、って?」
「エネルギーの流れる通路のこと」
それから何年か経った頃の話。
私達三人で作った”ホシの回路”は、今もなお、輝きを放っている。
そして、この先もずっと、変わることはないだろう。
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